鳥語り 露草うづら

   小鰺刺  鳥語り(2)2024.5月号

求愛給餌をする小鰺刺  


 夏の水辺の鳥たちの中でひときわ優雅な姿で飛ぶのが、小鰺刺(コアジサシ)だ。青空を背景に、舞うように羽ばたく白く長い翼は蝶を思わせ、ひらめく尾羽は燕を思わせる。特に印象的なのは狩の様子だ。上空から水面近くの小魚を見定めるや、軽くホバリングし急降下。鋭い嘴で串刺しのように捕獲する様は爽快で、まさに「鰺刺」の名の通りだ。
 小鰺刺は、チドリ目カモメ科のアジサシの仲間のうち、日本では最も身近な種であり俳句で「鰺刺」として詠まれてきたものの多くは小鰺刺のことを指すと考えられる。夏鳥として四月ごろに南半球のオーストラリアなどから渡ってきて、繁殖・子育てをし、九月頃に帰ってゆく。干潟や砂浜、玉砂利の河原や中州など見通しの良い場所を好んで巣を作るが、近年、水辺の開発などから営巣適地が減少し、繁殖地と個体数の減少が危惧されている。
  群れて来し千鳥ヶ淵の小鰺刺 安陪青人
という句を『野鳥俳句辞典』(布留川毅著、2021年)で見つけた。句の年代は不明だが、昨今では都心の水辺で小鰺刺の群に出会うことはなかなか難しいのが実情だ。
 2022年6月、筆者は野鳥観察の仲間の誘いで、小鰺刺の営巣地の観察会に参加した。NPO法人リトルターン・プロジェクトが、東京都下水道局森ヶ崎水再生センター東施設屋上に人工の営巣地を設けており、雛が孵る六~七月頃に観察会を開催しているのだ。施設の場所は大田区昭和島。羽田空港にほど近い東京湾の埋立地にあるコンクリートビルの屋上だ。そこに小鰺刺の営巣に適した玉砂利の環境が再現され、小鰺刺に仲間がいると思わせ誘引するためのデコイ(木製の模型)などが設置されていた。
 なぜこのような場所にと思ったが、東京湾の営巣適地が減り、行き場を無くした小鰺刺がむき出しのコンクリートの上で営巣しているのを発見し、見かねた人々により環境整備が始まったそうだ。この保護活動は二十年以上も続いている。
 観察会はコロナ禍の影響もあってか、事前予約制で、人数制限と通行制限のもと整然と行われた。屋上の営巣地では、成鳥の飛来はあるものの、まだ抱卵・子育て中のものはいなかった。しばらく待っていると、「来た!」と誰かの小さな声。遠くの空から「キリリッキリリッ」という鋭い鳴き声が降ってくる。見れば、青空を背にこちらへ飛んでくる、真っ白な鳥。明らかに鷗とは違う華奢な体、しなやかな飛び方で、すぐに小鰺刺だと確信した。
 飛んできた小鰺刺は目の前数メートルのところに着地。興奮を抑えつつ観察していると、もう一羽が飛んできて、隣に着地した。その嘴には銀色に光る小魚が。先に着いていた一羽にその魚をプレゼントする様を間近に見ることができた。「求愛給餌」といって、雄がパートナーの雌に餌を渡す行動だ。写真はその時に撮影したもの。シャッターチャンスを逃すまいと必死で、翼の先まできっちりと撮れなかったことが悔やまれるが、とても貴重な場面を見せてもらい、感無量だった。よく見ると写真右側の雄の嘴には銀色の鱗がたくさん付いていた。この求愛給餌が何度も繰り返されていることが思われ、厳しい環境の中でもたくましく生きる二羽の横顔を眩しく感じた。
営巣地の保護活動は大変なことで、多くの人手と時間をかけても、雛が無事に巣立ちを迎えるまでには数多の困難を乗り越えねばならない。人工の営巣地も守りながら、できるだけ自然の営巣地が回復し、小鰺刺が日本で安心して暮らせる環境が戻るようにと願う。

photo by uzura tsuyukusa

春告鳥  鳥語り(1)2024.3月号

春に地上で活動する鶫  


立春を過ぎ、東京では光や風に春の気配を感じるようになった。数日前まで筆者が滞在していた石川県の能登地方でも、残る寒さの中、梅が咲き始めていた。佐保姫はゆっくりと、しかし着実に、日本全国津々浦々に春を運んでくれる。
春の到来を実感する事象は人により様々であろうが、愛鳥家俳人の私にとっては、やはり鳥だ。
歳時記で「春告鳥」と言えば、鶯を指す。確かにあの伸びやかで華やかな鳴き声は、春の象徴としてふさわしい。しかし、鶯が鳴き始めるのは、例年二月下旬から三月上旬頃なので、春を告げると言うにはやや遅いように感じてしまう。
筆者にとっての春告鳥は、鶫だ。鶫は十一月頃に冬鳥として日本に渡ってくる(このため秋の季語となっている)。雑食性で、渡来後しばらくは樹上で木の実を食べているが、東京では二月上旬頃から地上でよく見かけるようになる。木の実を食べつくし、地中の虫などを探し始めるためだ。開けた空き地などで、タタタッと走っては立ち止まり胸を張る「だるまさんがころんだ」のような鶫の姿はよく目立つ。目にも楽しく、「あぁ、春が来たなぁ」としみじみ感じる。熱心に地面を掘り返し、蚯蚓や幼虫などを引っ張り出す様子は、「春ホジ」として個人的に春の季語に認定しているほどだ。鶫は、日本に滞在中は繁殖期ではないため、その名の通り(口をつぐむ=つぐみ)とても静かだ。その佇まいがまた、ゆっくりとした春の訪れによく似合う。鶯は、むしろ春闌の気分に近いのではないだろうか。
所変わって、筆者が以前在住していたアメリカ北東部では、春告鳥と言えば、羽衣烏(ハゴロモガラス;Red-winged Blackbird)だ。三月中旬くらいからようやく春と言える気候になり、その先駆けとして渡ってきて、「コンクラリー!」と大声で囀る。和名に「烏」が付くが烏の仲間ではない。しかし見た目は日本の烏の肩の部分の羽だけを赤と黄色にしたような感じだ。この他には、啄木鳥類のドラミング(木をつつく行動)が盛んになるのも春の訪れのサインだ。家の壁や柱などもつつくため、おちおち寝ていられない。賑やかな鳥たちのパワーによって、雪のたっぷり残るアメリカ北東部が春へと動き出すように感じたものだ。
日本では長年、気象庁の生物季節観測の一環で「うぐいすの初鳴」の調査・記録が行われてきた。広く報道もされ、春の訪れを示す指標のひとつとして市民に親しまれてきた。しかし、この生物季節観測の項目は二〇二〇年を最後に大幅に削減され、動物観測に至っては全廃となった。これに対しては各所から懸念の声が上がり、詳しい経緯は承知していないが、結局、気象庁・環境省・国立環境研究所の三者連携により二〇二一年以降も観測は継続されている。これまで気象庁の調査員が観測していたものが、市民参加型の調査を取り入れるようになり、いわばシチズン・サイエンス(市民科学)としてクラウドソーシングされた形だ。鶯の初鳴についても、一般市民が聴いた日を報告できるウェブサイトがあり、誰でも参加できる。インターネットが発達した現代に適した、合理的な自然観測の在り方に変化したとも捉えられる。このような時代の流れを踏まえれば、我々俳人が季節の変化に敏感であり続けることも、季語の季感と現代の季感との乖離に悩むことも、文芸的な探求以上の価値を持つ日がいつか来るのかもしれない

 

photo by uzura tsuyukusa