鳥語り 露草うづら

   春告鳥  鳥語り(1)2024.3月号

春に地上で活動する鶫  


立春を過ぎ、東京では光や風に春の気配を感じるようになった。数日前まで筆者が滞在していた石川県の能登地方でも、残る寒さの中、梅が咲き始めていた。佐保姫はゆっくりと、しかし着実に、日本全国津々浦々に春を運んでくれる。
春の到来を実感する事象は人により様々であろうが、愛鳥家俳人の私にとっては、やはり鳥だ。
歳時記で「春告鳥」と言えば、鶯を指す。確かにあの伸びやかで華やかな鳴き声は、春の象徴としてふさわしい。しかし、鶯が鳴き始めるのは、例年二月下旬から三月上旬頃なので、春を告げると言うにはやや遅いように感じてしまう。
筆者にとっての春告鳥は、鶫だ。鶫は十一月頃に冬鳥として日本に渡ってくる(このため秋の季語となっている)。雑食性で、渡来後しばらくは樹上で木の実を食べているが、東京では二月上旬頃から地上でよく見かけるようになる。木の実を食べつくし、地中の虫などを探し始めるためだ。開けた空き地などで、タタタッと走っては立ち止まり胸を張る「だるまさんがころんだ」のような鶫の姿はよく目立つ。目にも楽しく、「あぁ、春が来たなぁ」としみじみ感じる。熱心に地面を掘り返し、蚯蚓や幼虫などを引っ張り出す様子は、「春ホジ」として個人的に春の季語に認定しているほどだ。鶫は、日本に滞在中は繁殖期ではないため、その名の通り(口をつぐむ=つぐみ)とても静かだ。その佇まいがまた、ゆっくりとした春の訪れによく似合う。鶯は、むしろ春闌の気分に近いのではないだろうか。
所変わって、筆者が以前在住していたアメリカ北東部では、春告鳥と言えば、羽衣烏(ハゴロモガラス;Red-winged Blackbird)だ。三月中旬くらいからようやく春と言える気候になり、その先駆けとして渡ってきて、「コンクラリー!」と大声で囀る。和名に「烏」が付くが烏の仲間ではない。しかし見た目は日本の烏の肩の部分の羽だけを赤と黄色にしたような感じだ。この他には、啄木鳥類のドラミング(木をつつく行動)が盛んになるのも春の訪れのサインだ。家の壁や柱などもつつくため、おちおち寝ていられない。賑やかな鳥たちのパワーによって、雪のたっぷり残るアメリカ北東部が春へと動き出すように感じたものだ。
日本では長年、気象庁の生物季節観測の一環で「うぐいすの初鳴」の調査・記録が行われてきた。広く報道もされ、春の訪れを示す指標のひとつとして市民に親しまれてきた。しかし、この生物季節観測の項目は二〇二〇年を最後に大幅に削減され、動物観測に至っては全廃となった。これに対しては各所から懸念の声が上がり、詳しい経緯は承知していないが、結局、気象庁・環境省・国立環境研究所の三者連携により二〇二一年以降も観測は継続されている。これまで気象庁の調査員が観測していたものが、市民参加型の調査を取り入れるようになり、いわばシチズン・サイエンス(市民科学)としてクラウドソーシングされた形だ。鶯の初鳴についても、一般市民が聴いた日を報告できるウェブサイトがあり、誰でも参加できる。インターネットが発達した現代に適した、合理的な自然観測の在り方に変化したとも捉えられる。このような時代の流れを踏まえれば、我々俳人が季節の変化に敏感であり続けることも、季語の季感と現代の季感との乖離に悩むことも、文芸的な探求以上の価値を持つ日がいつか来るのかもしれない

 

photo by uzura tsuyukusa